ある日の明け方、目覚めたは、不快な感覚に陥った。
体が重い……それに何となくお腹が痛いような……
だが、その程度の理由で、朝稽古を休む訳にはいかない。
重い体を起こし、手早く着替えて道場へと向かう。
「どうした?具合でも悪いのか?」
「えっ……?」
道場に入るなり声をかけられ、は驚いて声のする方を見た。
そこに立っていたのは、新選組副長、土方歳三である。
「おはようございます、土方さん。」
「ああ。で、体調はどうなんだ?」
「あの………?」
顔を合わせるなり、何故そのような事が分かるのか。
が言葉を続ける前に、土方が口を開いた。
「いつもより顔色が悪いぜ?無理してんじゃねぇのか?」
「いっ…いえ、大丈夫です!!」
「そうか?ならいいが……」
そう言葉をかけると、土方はそのまま稽古へと戻っていった。
朝食も終え、昼五つ半、は市中見廻りに出る準備をしていた。
同行者は土方、そして原田と八番隊の隊士達。
出かける頃には、目覚めた頃よりも更に、体は気だるく腹痛も増している。
「本当に大丈夫なのか?」
再び土方に声をかけられるも、は平静を装った。
「はい、平気です。」
「…………分かった。では行くぞ。」
の顔を見て、ひとつ溜息を吐くと、踵を返し門を出る。
「最近この辺じゃあ、尊攘激派の浪士達が多数潜伏しているとの噂だ。
くれぐれも気を抜くんじゃねぇぜ!!」
「おう!!」
土方の声に隊士達が応え、次々と市中へ飛び出していく。
もその後を続く。
屯所を出て一刻ほど歩き回ったが、街の様子に変化はなさそうである。
このまま平穏無事に見廻りが終わるかもしれない。
ふと、の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。
その後更に歩くこと半刻。
初夏とはいえ、皐月の京はかなり気温が上がる。
長い時間炎天下を歩き続けたことと、朝からの体調不良が重なり、は立ちくらみを起こした。
「おいおい大丈夫かよ?」
そう言って、近くにいた原田が駆け寄ってきた。
足元が覚束ないを支え、ふと原田が視線を落とした時だった。
「お前…怪我でもしてんのか?」
「え?」
原田の表情は至って真剣である。
不思議に思い、原田が見つめる先に視線を移してみると…
「!!」
袴の股下が赤く染まっている。
そしてその赤い染みは足元まで続き、地面に滴り落ちている。
月に一度のお馬の日であることに気付き、青ざめる。
だが時既に遅かった。
「血が出てんじゃねぇかよ。」
「えっと…その…これは……」
原田の大きな声に、周りにいた隊士達も俄かに気付き始める。
「どうしたんだ?」
「さんが怪我をしたとか…」
隊士達が騒ぎ出し、は一層困惑する。
そんな時だった。
「また傷口が開いちまったのか。」
そう言って、原田との間に割って入ってきたのは、土方だった。
そのままをひょいと担ぎ上げる。
「ひっ……土方さん!?」
「俺は近くでこいつの手当てをしてくる。後の事はお前に任せていいな?」
「おっ……おう!承知したぜ!!」
有無を言わさず原田に指揮を任せると、土方はを担いだまま歩き出す。
は何が何だか状況が飲みこめず、狼狽するばかりだった。
「あの……私怪我なんて…」
「……………………」
暫く黙っていた土方だったが、隊士達の姿が見えなくなると、口を開いた。
「どうして黙っていた!」
「………?」
「お馬なんだろう?」
「…………!!どうしてそれをっ…!?」
言い当てられた事に驚き、そして恥かしさが込み上げ赤面する。
「俺には姉がいるから、こういう事には慣れている。それに朝から様子が変だったしな。」
そういえば…と、は朝稽古の時の会話を思い出した。
「だから体調が悪いのかと聞いたのに……何故黙っていた?」
「そっ…それは、この程度の事で稽古や見廻りを休んで、皆さんにご迷惑をおかけしないように…」
が、言葉を終えるや否や、土方は深くため息をついた。
「お前、この状況が判ってんのか?今日はたまたま何事も無かったから良いものの、
ふらついたあの瞬間に、浪士達に襲われてたらどうなっていた?」
「…………あっ!!」
「そっちの方が迷惑だろうが。」
「ご……ごめんなさい。」
本当に土方の言う通りだ。
言われるまで、そんな簡単な事にも気付かないなんて…
「それに……」
少々落ち込んだに、土方は言葉を続けた。
「この程度だなんて言うな。体は大事にした方がいい。」
「土方さん……」
「今後は無理はするなよ?」
「はい。」
土方は、を降ろすと、すぐ側の民家に入った。
「すまない、この家の主はいるか?」
奥から夫婦が顔を出した。
隊服を見て、夫婦は顔色を変える。
「新選組の御方が、ウチに何の用ですやろ?」
「すまないが、部屋を貸して頂けないか?それから彼女を着替えさせたい。
できれば着物を用意して貰えると助かるんだが…。」
夫婦の目は、土方の側にいたに注がれる。
「これは可哀相に…部屋は今すぐにでもお貸しします。せやけど…」
「けど……?」
「先程洗ったばかりで、お貸しできそうな着物があらへんのどす。」
そう言って、亭主は外に干してある着物を指差した。
暫し土方は考え込んだが、何か思いついたのか、家に上がった。
「では、部屋を借りる。案内してくれ。」
「へえ……こちらへ。」
再びを抱えると、亭主に案内され部屋に辿り着いた。
を降ろすと、ちょうどそこへ湯を張った桶を持った妻が現れた。
「これを使っておくれやす。」
そう言って、に手拭を渡す。
「ありがとうございます。」
一礼すると、夫婦は部屋を後にした。
夫婦が去ると、土方は隊服を脱ぎ、帯を少し緩め着物を脱ぎ始めた。
その光景に、は思わず視線を逸らす。
「土方さん…?一体何をされるんですか!?」
土方は表情を変えず、着物を脱ぎ去った。
「汚れた着物のまま帰る訳にもいかねぇだろう。屯所に戻るまでこれを着てろ。」
そう言ってに、自分の着物を差し出した。
「でも、それじゃあ土方さんは?」
「俺は男だ。上に着てなくても問題はねぇだろ。」
そう言うと、先程脱ぎ捨てた隊服を拾い、素肌の上から羽織った。
土方のその姿が、あまりにも艶っぽく、は思わず見惚れてしまった。
「ぼやぼやするな。早く着替えろよ。」
そう言って微笑すると、土方はそのまま部屋を出ていった。
今の微笑は何だったのか……
もしかしたら、見惚れていた事を、土方に悟られていたのかもしれない。
何度も思い出し、頭を振っては、着替える間中百面相を繰り返していた。
土方は亭主に礼を言って金を渡すと、再びを抱かかえた。
「じっ……自分で歩けますっ!」
「何言ってやがる。今にも倒れそうなくらい青白い顔しやがって。」
図星を指され、は大人しくなる。
確かにあまりの痛みに、自分では屯所まで歩けそうにはない。
観念して土方にしがみ付いた。
「三日程暇をやる。その間の任務は他の奴らに回しておくから、お前は休んでおけ。」
「ありがとうございます。」
「今後は、事前に知らせてくれ。そうすれば何とか対処してやる。」
「…………………はい。」
暑気に当てられ熱いのか、それとも別の何かなのか。
頬が火照るのを感じながら、は土方に抱えられたまま、帰路へと着いたのだった。
あとがき
鈴花ちゃんの女の子の事情…です。
それを察知して、さりげなく気遣う土方さんを書きたかったのです。
鈴花ちゃんのお姫様抱っこ、土方さんの着物を羽織る、そして
上半身裸のまま隊服を羽織る土方さん…と。
この3点セットが書けて、非常に満足しております(獏)。
土方さんがこういう事に精通しているのは、ノブさんの為なのか、
それとも若かりし頃からお姉様方と遊んでいた為なのか……
一方、一緒に見廻りに出る人は、絶対それに疎い人じゃないとダメだと思いまして。
近藤さんや永倉さんは、遊郭で女性に慣れてるから却下!(爆)
そこで白羽の矢が立ったのが左之助です。